北条政子から学ぶ演説力

偉人と崇められる人は私達と何が違うんでしょうか?
深堀りしてみると学べることはたくさん。
このブログではそんな偉人たちから学ぶ処世術をご紹介します。

北条政子は鎌倉の教科書でもこの坊主姿の写真が印象的でしたね。  「尼将軍」として知られています。  

教科書でもこの坊主姿の写真が印象的でしたね。

一見おとなしそうに見える北条政子の印象ですが、なんのなんの。

その本性はとても勝気で、   男たちにも負けずを取らずのリーダーとしての才能がありました。  

今回はそんな”女将軍”こと北条政子からたくさんの武士たちを感動させ心を動かした   「演説力」を学ぼうと思います。  

北条政子のすごいところ

Woman Standing Near Plants

北条政子は源頼朝の妻として鎌倉幕府を守り抜いた   カリスマ女性リーダーとして歴史に名を残しています。  

夫の源頼朝の亡き後、頼朝に代わり、気性が荒くプライドの高い関東の武士たちを束ねて   鎌倉幕府の権威を保ちつづけることに成功しました。  

ある日朝廷が、政子含む北条家の権力に目をつけ、喧嘩を売ってきたことで始まった 「承久の乱」

この戦いで   政子は北条家を守るために朝廷と戦うことを決心します。  

「承久の乱」の画像検索結果

ちなみに朝廷に対して弓を引くなんてことは   後にも先にもこの戦いしかありません。  

武士たちは「朝廷に刃向うなんて怖い!無理!どうしよう…朝廷側につこうかな…」とおびえて悩んでいました。

政子はそんな危機を乗り越えるべく、   武士たちを集めて熱い演説をし、武士たちを鼓舞したと言われています。  

 

みなさん,心を一つにして聞いてください.
これは私の最後の言葉です.
頼朝様が武士の政権を創ってから後,あなた方の官位は上がり収入もずいぶん増えました.
平家に仕えていた時には裸足で京まで行っていたあなたたちでしたが,京都へ行って無理に働かされることもなく,幸福な生活をおくれるようになりました.それもこれもすべては頼朝様のお陰です.
そしてその恩は山よりも高く海よりも深いのです.
しかし今その恩を忘れ天皇や上皇をだまして、私たちを滅ぼそうとしている者たちがあらわれました。
名を惜しむものは藤原秀康・三浦胤義らを討ち取り、三代の将軍の恩に報いて欲しい
もしこの中に朝廷側につこうと言う者がいるのなら,まずこの私を殺し,鎌倉中を焼きつくしてから京都へ行きなさい

 

政子によって熱い気持ちを取り戻した武士たちは、鎌倉で朝廷を迎え入れるだけの予定を変更し、   一気に京都まで攻め入り勝利することができまし  

北条政子から学ぶ演説力

Black Microphone

政子の演説はどうして   武士たちの心に刺さったんでしょうか?  

たった一人の女性の演説がどうして気難しいツワモノたちを突き動かし、「ご法度」とされる朝廷に向かい矢を放つような危険な戦に駆り立てたのでしょうか?

そこには北条政子の巧みな演説テクニックがあったからだといわれています。

総論賛成でみんなの心をつかむ

ぼかし, ぼやけて, スクリーンメッシュ

北条政子の前には何百もの所属の異なる関東武士たちが集まりました。

それぞれ守る土地も、立場も異なる気難しい人たちです。

そんな人たちを一つに束ねるには、まず、   誰もがYESとうなずく総論賛成を得ることが大切です。  

 

頼朝様が武士の政権を創ってから後,あなた方の官位は上がり収入もずいぶん増えました.

 

関東武士たちにとっての「総論賛成」は、今は亡きリーダー   源頼朝の存在でした。  

それぞれがいがみ合っていても、みな源頼朝のことを慕い、尊敬し、彼のためならなんでもやろうという情熱がありました。

北条政子は源頼朝の妻として、それが手に取るようにわかっていたため、この場で彼の名前をだし   あえて彼のことを引き合いに出したのです。  

使える!処世術
異なる意見を持つ人たちでもきっと同意する点はあるはずです。 「我々」「私たち」のような主語を多用して共感を得ましょう。 「わたしたちチームはこれまで一丸となって乗り越えてきました。だからこそ今期の業績も目標達成することができました!」

共通の傷に触れて皆の心をつかむ

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総論賛成で皆の心をつかんだ後は、目の前の意見の異なる人たちを、   ひとつにまとめることが大切です。  

そんな時有効なのが、   「共通の傷」に触れること。  

マーティン・ルーサー・キングJr.の有名なスピーチ”I have a Dream”でも同じ手法が使われていますね。

黒人たちが受けた様々な差別のこと。苦しかった毎日のこと。殺された仲間たちのこと。

共通の傷を負った人たちは、   その傷を負った者にしかわからない痛みを知っています。  

そしてその痛みを知っている人たちは互いの痛みが痛いほどわかるので、   自然と仲間意識が芽生えるのです。  

北条政子はそれをわかっていたからこそ、あえて自分たちが過去どんなつらい目にあっていたかを一度思い出させるために言及しました。

 

平家に仕えていた時には裸足で京まで行っていたあなたたちでした。

 

これまで平家に虐げられてきた自分たちのつらい過去を振り返り、   みんなを一つにまとめ上げることができたんです。  

使える!処世術
皆が共通に抱える傷に触れて共感を得ましょう。 「3年前の業績悪化で、私たちは大きな痛手を負いました。それでもここまでみんなで努力し、業績を上げることができました。」

課題をすり替えて皆の心をつかむ

お祝い, ぼかし, コンサート

皆を一致団結できたとしても、次にどういう行動を起こすかは、それぞれの意思で決まります。

皆の関心があること=   それはいつの時代も自分自身のことです。  

そのため選挙演説や街頭の広告には、いかに「課題」や「商品」を待ちゆく人の   自分ごと化させるか   という点が重要になってきます。

 

天皇や上皇をだまして、私たちを滅ぼそうとしている者たちがあらわれました。

 

北条政子は朝廷から目を付けられている北条家の危機を、   「鎌倉幕府そのものの危機」という一大事に巧みにすりかえて   、武士たちの心に訴えました。

使える!処世術
一見他人事に見える課題でも「自分事化」にすり替える方法を見つけましょう。 「この課題はAチームだけの問題ではなく、会社全体の問題です。私たち一人ひとりが真剣に考える必要があると思います。」

目的を与えることで皆の心をつかむ

ぼかし, アダルト, コンサート

どんな演説にも   必ず目的があります。  

選挙で自分に一票投じてもらいたいのか、商品を買ってもらいたいのか、SNSでいいね!をしてもらいたいのか。

だからこそ、聞き入る皆に   「どうしてほしいのか」をハッキリと伝えること   で目的は達成され、聞いているほうも気持ちよくその行動ができるんです。

単純なことですがこれってとても大切なことなんです。

普段のビジネスメールでもきちんと相手に目的を与えてあげて、「次に起こしてほしい行動」を示してあげられる人日々の仕事もスムーズにこなしています。

 

名を惜しむものは藤原秀康・三浦胤義らを討ち取り、三代の将軍の恩に報いて欲しい

 

北条政子の目的は関東の武士たちを朝廷と戦わせること。

だからこそ   明確に「こうしてほしい」と伝えていますね。  

使える!処世術
相手が一人でも複数でも、自分の気持ちを伝えるときは必ず相手にはどうしてほしいか、その目的とセットで伝えるようにしましょう。 「私はA案がいいと思います。〇〇や〇〇のような理由があるからです。だからこそみなさんにもA案をおしてほしいです。」

覚悟を見せて皆の心をつかむ

ぼかし, やさしい, アジアの女性

人の心に訴える演説をする人は必ず自信に満ち溢れていますね。

それは目の前の人たちの心をつかんで、行動してもらうために、自らが矢面に立ち声を張り上げるという   覚悟をしているからです。  

その覚悟を感じて、利き手も「あ、この人本気だな」「どうやら口だけじゃないな」と心を動かされるんです。

演説で大切なのは、自信をもって相手に訴えること、そしてその演説の言葉に責任をもつこと、   自分の覚悟を相手に伝えることです。  

 

もしこの中に朝廷側につこうと言う者がいるのなら,まずこの私を殺し,鎌倉中を焼きつくしてから京都へ行きなさい

 

”俺の屍を超えてゆけ”というゲームがありましたが、要は北条政子も同じことを言っているんです。

  朝廷側につくならまず私を殺してからいけと。  

血の気が荒く上に深い武士たちは、これくらい極端な言葉をつかわないと女性に耳を傾けないとわかっていたんでしょう。

この北条政子の覚悟で武士たちは   一気に心をつかまれてしまいました。  

使える!処世術
ただ高いところからものをいうだけではなく、私は本気だという覚悟をハッキリと伝えることが大切です。 「このプロジェクトがうまくいかなければ、クビにしていただいて結構です!」

いかがでしたでしょうか?偉人から学べることはまだまだたくさん。

ぜひ他の記事も参考にしてみてくださいね。

北条政子にもっと学ぼう

とっても読みやすく北条政子という人がもっと身近に感じます。

源頼朝亡きあと、北条家の中心となって鎌倉幕府の実権を握ったが故に“尼将軍”と呼ばれ、日本史上稀代の鬼女と評価されることの多い北条政子。しかし、その実像は、流人でしかなかった頼朝を心から愛し駆け落ちまでして添い遂げ、頼朝が天下統一を果たしたときには自分を捨てて陰から支え、夫ばかりか四人の実子にもすべて先立たれるという悲劇を乗り越え、そして、頼朝の願いであった武士の功労が正しく評価される幕府を守らんがため心ならずも“龍”になることを余儀なくされた、運命に翻弄された心優しい女だった……。 (amazonより)

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源頼朝から学ぶハッタリ力

今日はこの人から学びます

偉人と崇められる人は私達と何が違うんでしょうか?
深堀りしてみると学べることはたくさん。
このブログではそんな偉人たちから学ぶ処世術をご紹介します。

源頼朝のすごいところ

鎌倉時代に一躍日本を統治した「源氏」。

源氏の中で有名なのがそう、源頼朝(みなもとのよりとも)ですよね。

この顔教科書で見たことあるー!

そう、鎌倉時代とセットで出てくるカッコいい武士だ!

教科書の写真を見て「あらイケメンw」とおもった女子は少なくないはず。

なんかすごいってことは知っているけど、実際は何をした人かというと…

源頼朝は鎌倉幕府を築いた男

「鶴岡八幡宮」の画像検索結果

源頼朝は「良い国つくろう」(って覚えましたね)の鎌倉幕府最初のボスです。

(後に1185年だったと教科書が帰られてしまいました)朝廷(天皇)から征夷大将軍に任じられ鎌倉幕府を開き、それまでのセレブな貴族中心ではなく、武士中心の武家政治を始めたんです。

頼朝さんはまさにキングオブ武士なんだ!

そしてその後600年以上も続く息の長い幕府体制を作り上げたまさに偉人。

平安時代の武士たちは貴族たちの兵隊としてその地位を確立していましたが、政治にかかわることはおろか、貴族から対等に扱ってもらえていませんでした。

へー武士も最初から偉かったわけじゃないんだねー

言われるがままに戦場に行っては命がけで戦う日々、力はあるのになぜか下っ端のまま…そんなことに不満を抱く武士たちはたくさんいました。

武士として育った頼朝はそんな武士たちを「武士中心の世の中にしようではないか!」と鼓舞してともに戦い、勝利したんです。

源頼朝から学ぶハッタリ力

頼朝は源家の御曹司として生まれた恵まれた子どもでしたが、お父さんが平家に負けた後は伊豆に流罪になり、一緒に戦う兵も40人ほどに落ちぶれてしまいました。

すこしでも動けばすぐに平家が命を狙いにくるいわば指名手配犯のような扱いを受けていました。

そんな頼朝はどうやって平家を倒すほどの兵をあつめることができたんでしょうか?

仲間がほとんどいなかった頼朝は関東朝廷のある京都へ向かう道中、”ある方法で”どんどんと仲間を増やしたんです。

頼朝は平家に不満を抱いている豪族たちに手紙を送り、声高らかに「この戦いに勝てば”関東の土地はすべて頼朝に任せる”と天皇に近い人から言われている」 という令旨(命令書)を見せつけたんです。

当時平家に土地の権利を脅かされていた各地の豪族たちは「それならば!」と一気に戦いに協力しました。

・・・でもこれは頼朝の嘘。

え?そんなのありなの?!

どんなことでも後に偉人となれば正当化されるんだね。

リスクが大きい戦で味方してくれる人たちがいないことを知っていた頼朝の苦し紛れの戦略がハッタリだったということです。

でもその嘘がたくさんの人たちを動かし、最初は40人だった見方もみるみるうちに20万人に膨れ上がり、最終的には壇ノ浦の戦い(山口県)で平家を倒すことに成功するんです。

使える!処世術
権力者のお墨付きとあらば周りの人たちの見方が一気に変わるんですね。
嘘はリスクが大きいですが、いざという時は「取締役もこの案ほめてくださいました」というハッタリをかまして仲間を集めましょう。

いかがでしたでしょうか?

過去の偉人から学べることはまだまだたくさん!

源頼朝からもっと学ぼう

源氏はいかにして平家を打倒し、武士政権を樹立していったのか。その解明の鍵は、「源源合戦」にあった。また、義経は「戦術」の天才でありながらも頼朝の「戦略」を理解することができなかった。
日本が八百年にわたって錯覚してきた「平家物語」、そして「義経伝説」の虚妄を抉る。

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